移民の話

例えば、移民の人を受け入れるとして、

その人たちに対して、

「今日からあなた方は日本人なのですから、

日本語を話してください。

ムスリムは仏教に改宗してください。

町内の行事には参加すること。

盆踊りにも参加してください。」

というのは違うと思うのですよ。

移民を受け入れるというのは、

その人達の信仰や価値観をまとめて受け入れつつ、文化的な多様性も受け入れるということなんだろうから、

信仰も習慣も全て変えて日本人として生きてくださいということではないと思います。

自分が思うに、

「移民を受け入れる」

というのは、

「受け入れるほうが変わる」ということなんだと思う。

「移民」となる立場の人は変わらずに、

受け入れる側の僕が変わらなければならないということなんだろう。

だから移民を受け入れるというのは、

いろいろな外国の文字の看板が町中にたくさんあることや、

旧正月には月餅を食べたり、

一日に5回の礼拝が行われることが日常的になってたり、

神社の横にモスクが建築されたり、

お葬式には白い服を着て大騒ぎしたり、

そういうことを「まあ日本は移民を受け入れてるからねー」と何の気にもせず、

そういう自分と違う考え方や習慣を持つ人が隣人であることを受け入れられるように

僕の方が変わればそれでいいのだと思う。

(ここではムスリムの人を例えにしてますけど、他の宗教を信仰する人でも同じ)

移民を受け入れるというのは、彼らに習慣を捨てさせるということではないと思うのです。

むしろ捨てるのは受け入れる方。

そういうことが平気でできるようになると、むしろ閉塞的な日本には良いカンフル剤になるんじゃないのか?

そういう気がしないでもない。

だからそういう心づもりのない人が、簡単に移民政策を語るのはちと違うのではないかなーと思うのです。

ちなみに自分は

変化どんとこい!

違う文化、バッチコイ!

というタイプなので、

例えば、子どもがムスリムと結婚して、自分が死んだ時に土葬されてもまぁいいかなと

思ったりします。

日本は土葬は禁じられてますから、移民を受け入れるということは、そのあたりの法律も整備する必要があるのであろう。